august2018

Our story

わたしたちの物語

普段は目立たない私たち冒険者のちょっとしたお話の連作(のつもり)。あなたと一緒に遊んでいるあの人やこの人も、ゲームの中では実はいろんな暮らしをしているのかもしれません。そういうのを考えながら遊んでみるのも、面白いのではないでしょうか。
著者:Carbonist

リリースすると死ぬかもしれないし、死なないかもしれない魚

リリースすると死ぬかもしれないし、死なないかもしれない魚

「私が死なないように見ていてちょうだい」

ビッチビチと苦しそうにもがいている巨大な魚の尾びれを片手で引っ掴みながら、やたらとミステリアスな表情で彼女はそんなことを言った。
魚のおかげでそんなキャラ作りは台無しだったけれど、彼女はあくまで真面目なようだ。

「なんで……?」
「死ぬかもしれないからよ」

突然こんな所まで呼ばれてそんな事を言われても、スイレンは何に対して突っ込めばいいのかよくわからなかった。言葉が足りなすぎる。主語はどこにあるのだ。とりあえずほんの少し考えた後に「なんで……?」と言葉を絞り出すので精一杯だった。

(そのデカイ魚なに? っていうか死ぬ? なんで? 魚が、じゃなくて? どういうことなの……全く wakaranai ……)

2人の間に流れるなんだかよく分からない雰囲気の中、穏やかに流れる小川だけがさらさらと柔らかい音を発していた。スイレンが辛抱溜まらず目線をそらすと丁度その小川が見えた。流れの緩やかな水面に反射してぼやけた風景がわずかに映っていて、ぐねぐねと水面で流動的に形を変える淡い黄色の光はささやかな螢の光のようにはかなく見える。これはそこら中に生えている偏属性クリスタルの光だ。

「この魚をリリースすると死ぬかもしれないって噂があるのよ」

スイレンが目をそらしたのも無視して彼女は話し続けている。

バーニングウォールの最下層に来るような人間は相当な物好きだ。その物好きの中の大多数が珍しい魚を釣りに出かける釣り人だった。今、彼女がひっ掴んでいる魚のような、珍しい魚のことである。彼女もまた釣り人だった。

「知ってる? この魚を逃した人は例外なく不幸な最期を遂げるって話」
「いや知らないって」

初耳である。というかスイレンはそもそも釣りにあまり興味が無いし、この魚の名前すら知らない。

ということをスイレンが彼女に伝えると、彼女はやたら流暢にしゃべりだした。(早口ともいう。)
この女はオタクだ。とスイレンは思った。

彼女いわく、このもがいている魚はロイヤルプレコという種類らしく、この個体はその中でも特に大きなものらしかった。サウザンドイヤー・イーチと呼ばれる曰く付きの魚だという。

『所有者が次々に不幸な最期を遂げたことで、放流された観賞魚。なお、最後の主も放流時に、川に落ち死んでいる。』

そんな噂話が釣り人の中では有名らしい。
彼女は不幸にも釣り上げてしまったこの魚を逃がしても、自分が死なないかどうかをスイレンに確認してもらうためにここまで呼んだようだった。

「よくわかんないけど、あなたが魚を逃がした瞬間に不幸にも川に落ちて溺れてしまわないかどうかを見ていればいいわけね……」

「うん、そうそう。」彼女は満足したようにそう頷くと、「それじゃあ逃がすわね~」などと何気なく言った。

「そらっ!」

力強いかけ声と共に、あっさりと手に掴んでいた魚を川へ向けて力強くぶん投げた。死ぬと言われている魚を。

バシャア!と水面に勢いよく叩きつけられた魚はかなり痛そうな音を上げたが、そのままスイスイと深くに潜っていった。

「えっ! ちょっ、おまっ……」

へぇ~そんな魚がいるんだ。でも噂話だからそんなに深刻に考えなくてもいいんじゃないかな~。なんて場を落ち着かせるようなことを言おうとしていたスイレンは、彼女の突然の投げ捨て行為に呆然として上手く言葉が出てこなかった。

「ふぅ~重かった……え? なにをそんなに慌ててるの」
「え? じゃなくてえええ! なに、なんとなくやっちゃいました的な感じで逃がしちゃってるわけ! さっきの深刻そうな前振りはなんだったの!逃がしたら死ぬんじゃないんかーい! なんか少しくらい悩む的なのはなかったの!」
「だから死なないように貴方を呼んだんでしょ」

ほら実際死んでない。そんな感じに大げさに身振り手振りしながら彼女は言う。何かのドッキリなのだろうか。スイレンはなんだか消化不良なモヤモヤを抱えることになった。

「そうだ、せっかくこんなところまで来てくれたし、何か美味しいご飯をおごるわよ」
「えっ?」

しかしながら、その後スイレンは彼女に美味しいバッファロー・ステーキをおごって貰ったのでそんなモヤモヤはあっという間に消え去ることになるのだった。

リリースすると死ぬかもしれないし、死なないかもしれない魚

結局、彼女は不幸にも川に落ちることはなかったし、今も元気に生きている。今日もきっとよくわからない辺鄙な場所で釣りをしているだろう。

魚を逃がした後に何となく撮影した写真を見ながらスイレンはそんなことを思った。偏属性クリスタルに照らされた夜空がなかなか綺麗だったので、思わず撮影した1枚だ。

今になって考えると、あの逃がした魚がサウザンドイヤー・イーチだったのか、それともただのロイヤルプレコだったのかはわからなかった。ロイヤルプレコだったから死ななかったのかもしれないし。本当にサウザンドイヤー・イーチだったけれど噂が嘘だったのかもしれない。

噂なんていうのはそんないい加減なものである。

「そういえば、あの時のステーキ美味しかったなあ」

そのくらいのどうでもいいことしかもはや思い出せない。
また食べに行こうかなあ。スイレンはそんなことを思った。

おしまい

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